部分分数分解の算法は Heaviside の展開定理ではない*1

(注:具体的な計算法については:部分分数分解の解法(通分をしないで済む「ヘビサイドの目隠し法」) - あらきけいすけの雑記帳を見てね。)
タイトルの答えは「わからん(調査中)」である→「呼んではいけない」。

Heavisideの展開定理とは線形常微分方程式の解を求める定理である*1例えばある微分方程式の初期値問題の Laplace 変換が X(s)=\frac{1}{(s-1)(s-2)} であったとすると、これを部分分数分解して逆ラプラス変換をすると解 x(t)=e^{x}+e^{2x} が得られるというところまで計算するのがヘビサイドの展開定理である。その計算の途中に現れる部分分数への分解の算法は Heaviside cover up method であり Heaviside expansion theorem ではない。
以下、教育用の資料作成のための覚書。部分分数分解 (partial fraction decomposition) - あらきけいすけの雑記帳もちょこちょこと書き足している。
ヘヴィサイドの展開定理 - Wikipedia(2009年4月9日 (木) 11:30 )には、なぜか Laplace 変換ではなく、なぜか部分分数分解に関する「公式」を書き留めてあるのだが、記述にまちがいがある。[2011.1.4]2010年12月13日に全面的に改稿されていて、現在は正しい記述になっている。
部分分数分解とは有理関数 f(x) = P(x)/Q(x) (ただし分母の多項式 Q(x) は分子の多項式 P(x) より次数が高いとする)に対して、分母が Q(x) = (x-a1)m1 (x-a2)m2 … (x-an)mn因数分解されるとき、f(x) を (x-ai)-j の線形結合、すなわち
に書き換える操作のこと。ここで係数 Cij は式
ただし j=1,2,...,mi,  \left(\frac{d}{dx}\right)^{0} 微分をしないという意味
で求められる。和の添字は「因数」と「べき」の2種類必要になるから Wikipedia の記述はウソ*2
ウェブ上で「Heavisideの定理」で検索すると*3部分分数分解のアルゴリズムの記述が頻繁に見つかる、ところが Heaviside's expansion theorem で検索をすると*4*5、例えば Inverting the Laplace Transform のように、有理関数の Laplace 逆変換を与える公式を指すものがひっかかるようである。逆に部分分数分解の手法は Heaviside's cover-up method*6 という名前が検索にかかる。そして cover-up method には「訳語」が見当たらない。英語と日本語の対応がチグハグな状況である(多分、日本語の方が知識の導入、普及の過程でデタラメが入っているのではないか)。
(多分)数学史の資料としても利用できるハイラー, ワナーの『解析教程』によれば、部分分数分解そのものは(おそらく基本的な積分の技法として) Heaviside 以前にかなり研究されていたようだ*7。そしてその部分分数に関する記述の中にへヴィサイドの名前は全く出てこない。この「記述の欠如」は、部分分数分解とヘビサイドの重要な業績は全く関係が無いことを示唆しているのかもしれない。
[2010.3.6]文献探索のために
HEAVISIDE AND THE OPERATIONAL CALCULUS Cooper - Google 検索 http://www.jstor.org/pss/3610762 Successive discoveries of the Heaviside expansion theorem Daekin - Google 検索 http://www.informaworld.com/smpp/content~content=a746867403&db=all

*1:[2010.9.16]Michael A. B. Deakin, "Successive discoveries of the Heaviside expansion theorem", Int. J. Math. Educ. Sci. Technol., 1986, Vol.17, No.1, 51-60 を取り寄せて調べた。逆に日本でのこの誤用の「震源」に興味が出てきた。

*2:2011.1.4に抹消

*3:ヘビサイドの定理 - Google 検索

*4:Heaviside expansion theorem - Google 検索

*5:[2009.11.7追記]"heaviside expansion theorem" - Google 検索
書籍で調べてもヘビサイドの定理はラプラス変換が記述されている。

*6:Heaviside cover-up method - Google 検索
部分分数分解の算法である「Heavisideの定理」の英訳を探そうとして相当に苦労した覚えがある。

*7:ハイラー, ワナー, 『解析教程』, 第II章 II.5.1 に部分分数への分解の証明とこの計算法の歴史的経緯の記述が載っているが、そこにはにはヨハン・ベルヌーイ、ライプニッツオイラー、エルミートの名前が挙がっているが、ヘビサイドの名前は無い。