130年の放置プレイ?タイトル盛り過ぎでしょう、佐野先生

プレスリリースがかなりミスリーディングで「はでに盛った」解説の書き方になっているのだが*1、立場上センセーションを追いかけざるを得ない大学広報の意向を汲んでいるのではないかと邪推している。

乱流発生の法則を発見:130年以上の未解決問題にブレークスルー - 東京大学 大学院理学系研究科・理学部
一般論として学者の説明は「地味」で「精確」で結果として一般向けには分かりにくくなる傾向があるのは確かなので、これくらいの派手なプロモーションもあって良いのではないか。ただこのプレスリリースの中身を理解するには流体の研究を始めた大学院生程度の知識は必要だし、そうであればこそ大学院に入りそうなくらいの学生向けのカウンター情報は必要だろう。
さて乱流はおそらくは「博物学」を作らないといけないかもしれないくらい現象として多様であり、今回チャネル乱流の発生時の規則性は見つかったが、これが他の乱流(例えば翼の上の流れや、気象現象)への応用が効くかというと難しいのではないか。というのも、流体の運動の研究をややこしくしているのは何も「非線形性」だけではなくて、流体の流れる場所の境界の形状や温度などの「境界条件」によってもコロコロ変わるからだ。流体の絡んでくる自然現象は多様であり、それだけに「境界条件」も「方程式の解」も多様である。
今回の研究で「法則規則性」は見つかって理論物理学者は喜びそうだが、工学的には「予測」「制御」への応用は難しいと思う。というのも、directed percolation という現象論モデルできれいにデータを整理できるという話であり、「なぜその規則性が、その形状・状態の、その速度で、生れるのか?」という大問題は未解決のままだからだ。さらにはこの規則性はどの形状まで適用可能なのか?は謎のまま。*2
乱流の発生は130年間未解決だったか?というと、そうではない。例えば気象現象の基礎となる熱対流による乱流を例に取ると、線形安定性の解析は1960年代の Chandrasekhar の教科書*3や、カオス研究の紹介ではおやくそくの題材の Lorenz アトラクタを出す Lorenz モデル*4、倍周期分岐 (period-doubling bifurcation) による乱流への遷移*5など、1980年代くらいのカオス研究や数値シミュレーション研究の勃興期くらいから、かなりの基礎的なことが実験的にもシミュレーション的にも分かっている(佐野先生も液晶を使って対流のパターンとかの実験をやってらしたはず)*6
その一方で、壁に挟まれた領域の流れやパイプの中の流れの不安定化の問題は亜臨界分岐 (subcritical bifurcation) であり、理論的にかなりハードであることが知られていた。ハードになるには理由がある。「境界の形状に応じた流れ」が存在しているところに、「流れに揺さぶりをかける」とどのように流れが反応するのかを調べねばならない。ということは元々の「境界の形状に応じた流れ」を調べねばならない上に、その流れに応じた線形安定性問題、非線形の解の分岐の問題を扱わなければならないからだ。数学的には…、まずはじめに「揺さぶり」を記述する方程式が線形だけれども非エルミートになるし(量子力学固有値問題がなんとうらやましいことか)、さらには分岐の後の解は(乱流まで含めて)数値計算で求めるしかない。
今回の研究の「研究者向けの目玉」は流れが速くなるにつれて乱流の振るまいがどのように変化するかを丁寧に整理していることなのだ。「乱流の変化」を整理したら「乱流の発生」の振る舞いに臨界現象との類似が見つかったということ。後知恵で見ればそれはそうだ。不安定性の開始点では不安定モードが異常に長い相関距離と相関時間を持つ(という「ジャーゴン」で線形安定問題を見る流体力学者は多くない気がする)。しかし未知の野を切り開き、それを見出すことはなんと難しいことか。
いままではある意味で「何が問題なのかわからない」という出来の悪い学生のような状態であったところに、「directed percolation で記述できるダイナミクスは何か」という研究目標ができたのだ。もちろんこれが理解のすべてではないと思う。チャネル流平板クエット流の研究では河原・木田の「乱流の骨組みとしての不安定周期解」*7という大発見もある。
というわけで、乱流発生に関する「きれいな貝殻」はプレスリリースのタイトルとは裏腹にまだたくさんあるんじゃないかな。

*1:注:プレスリリースとアブストラクトだけ読んで書いている。

*2:蛇足だが、断面が正方形の管と円の管では臨界レイノルズ数が違う。

*3:Hydrodynamic and Hydromagnetic Stability (Dover Books on Physics)

*4:熱対流の記述には粗すぎる近似だけど。

*5:Libchaberの実験なんかのレビューとかすぐに見つからないな(情けない>自分)。

*6:だから、この辺は刈り取りがほぼ済んで研究をやるネタが無い分野でもある…とボクは思っている。

*7:GENTA KAWAHARA and SHIGEO KIDA, Periodic motion embedded in plane Couette turbulence: regeneration cycle and burst, Journal of Fluid Mechanics / Volume 449 / December 2001, pp 291- 300. http://dx.doi.org/10.1017/S0022112001006243