ググルナカス、あるいは固有値が重解を持つときの固有ベクトル

「固有値 重解」でググる*1と上位にひどいページが出る:固有値と固有ベクトル・重解を解に持つ場合の解法 -以前質問させていた- 数学 | 教えて!goo。回答が二つとも勉強不足だ*2固有値が重解を持つときに「ジョルダン標準形」「一般固有空間」という用語が出なかったり、用語を使わなくてもその内容に沿った説明がなされないのはおかしい。*3重解の場合の固有値固有ベクトルは線形写像に対して不変な部分ベクトル空間という一般的な考え方の枠から考え直さないといけない。
さて質問に現れた問題は

問題:\left(\begin{array}{c}1&-1\\4&-3\end{array}\right)固有値固有ベクトルを求めよ
質問内に書かれていた解答:\vec{x}_1=\alpha\left(\begin{array}{c}1\\2\end{array}\right), \vec{x}_2=\beta\left(\begin{array}{c}1\\2\end{array}\right)+\alpha\left(\begin{array}{c}0\\-1\end{array}\right)
あらきの注:\vec{x}_1=\left(\begin{array}{c}1\\2\end{array}\right), \vec{x}_2=\left(\begin{array}{c}0\\-1\end{array}\right)の方がベターかも
この解答は\vec{x}_2が「一般固有空間の基底の線形結合」になっているが、これを「固有ベクトル」と呼ぶのはムチャな気がする。解\vec{x}_1,\quad\vec{x}_2はウソではないが学習用としてはミスリーディングかもしれない。教科書を書いた人にセンス、あるいは慎重さがない。きちんと一般固有空間の基底を1組求めさせる方が却って混乱が少ない。
固有値が重解を持つとき「固有値が縮退している」というのだが、固有値が縮退しているときの固有ベクトルとは大雑把には
固有値λがk重に縮退しているとき, (A-\lambda I)^k\vec{x}=\vec{0}を満たすベクトルの集合を「一般固有空間」と言い、一般固有空間の1次独立な基底を「一般固有ベクトル」と言う。*4
この問題の場合にはλ=-1の重解なので(A+I)^2\vec{x}=\vec{0}となるベクトルの集合の基底を求めなくてはならない。一般固有空間の基底の算法にはお約束のアルゴリズムがある*5
最初の基底\vec{x}_1(A-\lambda I)\vec{x}_1=\vec{0}の解。他の基底\vec{x}_j(A-\lambda I)\vec{x}_j=\vec{x}_{j-1},\quad j=2,3,...,kの解として逐次、決まる。*6
このアルゴリズムをくだんの問題に適用すると、(A+I)\vec{x}_1=\vec{0}の解のひとつ\vec{x}_1=\left(\begin{array}{c}1\\2\end{array}\right)であり、(A+I)\vec{x}_2=\vec{x}_1の解が\vec{x}_2=\left(\begin{array}{c}t\\2t-1\end{array}\right) (tはパラメーター)である。*7ここでtに何を代入しても良いのだが、ここではt=0とおいて\vec{x}_2=\left(\begin{array}{c}0\\-1\end{array}\right)としている。というわけで、この計算で得られた解がこの問題の答え。*8

*1:2009年1月25日に検索

*2:ただし固有値が縮退しているときの扱いを証明つきできちんと書いてある教科書は多くはない。書店にならぶ薄っぺらい「線形代数」の教科書にはまず出てこない。[2009.2.6追記]「薄っぺらい」がJordan標準形まで書かれている教科書を見つけた:

線形代数入門―理論と計算法徹底ガイド

線形代数入門―理論と計算法徹底ガイド

*3:ちなみにPDFファイル http://runner2.ge.knct.ac.jp/math/3/pdf/la_06.pdfhttp://www12.plala.or.jp/ksp/vectoranalysis/TensorPrincipalAxis2/は一般的な行列ではなく対称行列の性質なので「重解のはなし」としての一般性はない。

*4:もちろん大雑把な定義なので、これを大学の期末試験のレポートに丸写しして落ちても知らない。

*5:このエントリには、なぜこのアルゴリズムで求めるのかという理論的裏付けを意図的に書いていない。

*6:最初に求まる基底\vec{x}_1だけが初等的な教科書の定義A\vec{x}=\lambda\vec{x}にあてはまる。教えて goo のおろかな回答はいずれも、この初等的な固有値の定義までの知識しか無い。

*7:A+Iが特異なので連立一次方程式(A+I)\vec{x}_2=\vec{x}_1の解にはパラメーターが必ず入る。連立一次方程式の答案のテンプレートを考えてみる - あらきけいすけの雑記帳

*8:もちろんここに挙げたベクトルが「唯一の正解」ではない。一般固有空間の性質をきちんと表現できるベクトルならば、なんでもよい。だから期末試験なんかに出すと、採点が面倒になる。