Lie微分を粗っぽくわかりやすく説明する試み

Lie微分とは多様体の上の関数、ベクトル場, etc(一般のテンソル場)を「流した」ときの変化分のことである。Lie derivative - Wikipediaもその邦訳もわかりにくかったので自分で書いてみる。ただし考え方のアウトラインだけ。
流れから誘導されるのテンソル量の移流の定義は Kobayashi and Nomizu の教科書 Foundations of Differential Geometry Volume I (Wiley Classics Library) の流儀に則っている。


  1. 流れを定義する


    流体の容器を\mathcal{M}, 流体の流れを\phi_tとする。
    つまり時刻0にa\in\mathcal{M}に「つぶ」を置いたとすると、その粒子は流れ\phi_tに乗っていって、時刻tに位置\phi_t(a)\in\mathcal{M}まで流されるということだ。


  2. 関数、ベクトル場がこの流れによってどう流されるか調べる


    流れ\phi_{t}から誘導される写像(対象のテンソルのランクによらず\tilde{\phi}_{t}と表記することにする)を暫定的に「漂流」と呼ぶことにする。*1


    1. 関数:関数の値が「つぶ」に凍りついたように運ばれる

      \tilde{\phi}_t:\qquad (\tilde{\phi}_tf)_{\small{\phi_t(p)}}=f(p)

    2. ベクトル場:ベクトル場を定義する非常に近い2個の「つぶ」(pqとする)が流れに乗って運ばれる。ベクトル場Xを用いてpに非常に近い点qの位置をq=p+\epsilon X(p)+o(\epsilon)で「定義する」とき*2, ベクトル場の漂流はこの2点の流れ着く位置の微分で定義される:

      \tilde{\phi}_t:\qquad (\tilde{\phi}_tX)_{\small{\phi_t(p)}}:=\lim_{\epsilon\to0}\frac{\phi_t(q)-\phi_t(p)}{\epsilon}=\lim_{\epsilon\to0}\frac{\phi_t(\psi_{\epsilon}(p))-\phi_t(p)}{\epsilon}
      ここで最後の式の\psi{\tiny{\left.\frac{\partial\psi_{\epsilon}}{\partial\epsilon}\right|_{\epsilon=0}}}=Xとなる流れである。

    3. 一般のテンソル場:
      関数、ベクトル場(反変ベクトル場)、その双対空間としての共変ベクトル場の定義の仕方と、流れの性質を考え合わせるとテンソル積と内積も流れとともに漂流する。つまり次の性質が備わっていることがわかる:

      • テンソル\otimesとその縮約は、漂流\tilde{\phi}_{t}と可換な演算である。
      例えば共変1階のテンソル(共変ベクトル、微分1-形式)\omegaの漂流\tilde{\phi}_{t}\omegaは次の2条件から定まる:

      1. テンソル積とその縮約が可換なので [tex:\tilde{\phi}_{t}(\omega(X))=\tilde{\phi}_{t}Tr(\omega\otimes X)=Tr*3=(\tilde{\phi}_{t}\omega)(\tilde{\phi}_{t}X)].

      2. 微分1-形式はベクトル場の線形汎関数であるから、\omegaXの縮約\omega(X)は関数の移流のルールに従う。

  3. Lie微分を定義する


    Lie微分を Kobayashi and Nomizu の教科書(Vol.1, p.29)の流儀で定義する:


    ({\mathcal{L}}_{u}Q)_{p}:=\lim_{t\to0}\frac{Q_{p}-(\tilde{\phi}_tQ)_{p}}{t}
    ここでut=0での流体の流れ、つまり「つぶ」の速度を与える場u:=\dot{\phi}_t|_{t=0}である。

  4. Lie微分を計算する*4^{i}=p^i-t u^i(p)+o(t)], (\psi_{\epsilon}(p))^{i}=p^i+\epsilon X^i(p)+o(\epsilon), (\phi_{t}(p))^{i}=p^i+t u^i(p)+o(t) を代入して、適宜テイラー展開をすれば導出できる。この程度の次数の扱いで、ここでは形式的に導出できてしまう。展開の1次で正しい答が出てしまうことは、教育的にはよろしくないように思われる。というのも、Lie代数の元XLie群の元\psiの関係は指数写像で規定されていて、指数写像の積はHausdorffの公式で処理しないといけないのだが、見た目は1次で答が出るのでそのことを見ずに済んでしまうから。))

    1. 関数:

      \begin{array}{ll}  ({\mathcal{L}}_{u}f)_{p}&  :=\lim_{t\to0}\frac{f_{p}-(\tilde{\phi}_tf)_{p}}{t}  =\lim_{t\to0}\frac{f(p)-f(\phi_t^{-1}(p))}{t}\\&  =(uf)_{p}=u^i(p)\left.\frac{\partial f}{\partial x^i}\right|_{p}\end{array}

    2. ベクトル場:

      \begin{array}{ll} ({\mathcal{L}}_{u}X)_{p}& :=\lim_{t\to0}\frac{X_{p}-(\tilde{\phi}_tX)_{p}}{t} =\lim_{t\to0}\lim_{\epsilon\to0}\frac{\psi_{\epsilon}(p)-\phi_{t}(\psi_{\epsilon}(\phi_{t}^{-1}(p)))}{t\epsilon}\\& =u(X_{p})-X(u_{p}) = \Big( u^k \frac{\partial X^i}{\partial x^k} - X^k \frac{\partial u^i}{\partial x^k} \Big)_{p} \left(\frac{\partial}{\partial x^i}\right)_{p}\end{array}
      これがLie代数を定義するLie括弧と同じ形になっているのは、とりあえずは「ただの偶然」と思っておいた方が精神衛生的にはいいかもしれない。*5

    3. 一般のテンソル(ここでは微分1-形式を例にとる):

      定義よりLie微分\mathcal{L}テンソル積に対して derivation になること、縮約の操作と可換であることを用いる。

      {\mathcal{L}}_u(Q_1\otimes Q_2)=({\mathcal{L}}_uQ_1)\otimes Q_2+Q_1\otimes({\mathcal{L}}_uQ_2)
      例えば微分1-形式のLie微分は次のようにして求める。

      {\mathcal{L}}_u(\omega(X))=Tr\Big(({\mathcal{L}}_u\omega)\otimes X+\omega\otimes({\mathcal{L}}_uX)\Big)
      これより
      ({\mathcal{L}}_u\omega)(X)=u\omega(X)-\omega({\mathcal{L}}_uX) for \forall X
      結果を成分でかくと{\mathcal{L}}_u\omega=\left(u^k\frac{\partial\omega_i}{\partial x^k}+\omega_k\frac{\partial u^k}{\partial x^i}\right) dx^i

  5. まとめ:Lie微分とは多様体を「流体の容器」、流れを「容器の中の流れ」でイメージし、流体とともに流されていく「つぶ」の位置を追跡することである。

*1:流れ\phi_{t}から誘導される写像\tilde{\phi}_{t}の定義が通常と逆になっていることに注意。

*2:p+\epsilon X(p)という表記は実にビミョーである。実際の計算では、その値を点pの近傍のチャートを使って定義する。実はこの表記で伝えたいことがらを、数学的に問題の無い表現に落とし込もうとするから、ベクトル場のLie微分の導出はどの教科書もとっつきにくくなるのである。

*3:\tilde{\phi}_{t}\omega)\otimes(\tilde{\phi}_{t}X

*4:Lie微分の局所座標系における成分表現は、ガサツなやり方だが、点pの近傍の座標系での近似式[tex:(\phi_{t}^{-1}(p

*5:本当は「流れ」は{\mathcal{M}}から{\mathcal{M}}への関数であり、関数の合成の操作に対して形式的に群の構造を持っている。しかも連続的に変化するものだから形式上は「Lie群」である。そのLie群のLie代数の構造が見えている。ただ、そのことはLie微分の「漂流」的なイメージ全体からすれば、「おまけ」のようなものに感じられる。